2005「阪神vsロッテ」
2005年、阪神ファンは天国と地獄を味わいました。
2年ぶりの優勝という大きな栄光を勝ち取った阪神は、2003年、あの1985年以来となる18年ぶりのセリーグ制覇を果たした際に日本一になれなかった事もあり、今度こそという意気込みでこのシリーズに挑みました。
20年ぶりの日本一奪回を目座す戦い。
虎党にとっても、今度こそという思いが強かったでしょう。
対するロッテは、ボビー・バレンタイン監督二度目の就任2年目で花開き、シーズン2位ながらその勢いでプレーオフを制覇。
1974年以来、実に31年ぶりの日本シリーズ出場を果たしました。
その原動力はなんといっても安定した投手陣で、渡辺俊介の15勝を筆頭に、小林宏之(12勝)、ダン・セラフィニ(11勝)、小野晋吾(10勝)、久保康友(10勝)、そして清水直行(10勝)と、実に6人が10勝以上をマーク。
ローテーションピッチャー全員が二桁勝利投手という陣容で、この日本シリーズに挑みました。
結果は、あまりにも一方的でした。
特に第1戦は、大荒れを予感させる試合展開となります。
阪神はその年あまり調子がよくなかったとはいえ、13勝を上げたエース井川。
ロッテもシーズンでは10勝ながら11敗とあまり振るわなかったものの、エースである清水を起用します。
序盤は投手戦となり、5回表を終わって1対1。
しかし、5回裏に井川がつかまり3失点。
その後もロッテはプッシュバントやホームランなどでリードを広げ、7回を終わって10対1の大差がつきます。
そんな中、球場である千葉マリンスタジアムには濃霧が発生。
回復の兆しが見えず、霧によるコールドゲームが宣言されました。
日本シリーズ史上初の濃霧コールドと阪神の大敗。
これが、2戦目以降にも大きく影響します。
ロッテは投手陣が万全だったことが好調の要因でした。
2戦目は渡辺俊介が完封。
3戦目は小林宏投手が6回1失点。
4戦目もセラフィニ投手が6回2失点の好投を見せ、小野投手が中継ぎに回るほどの余裕ぶりをみせ、10勝した久保投手の出番がないという、異様な事態となりました。
一方、阪神は1、3戦目にいずれも10失点。
4戦目にして始めて、この頃の象徴だったJFKが揃い踏みしたものの、時既に遅し。
その試合も2対3で敗れ、阪神は4連敗という屈辱を味わいました。
一方、ロッテは31年ぶりの日本一。
バレンタイン監督は、日本史上初の外国人監督としての日本一を手にしました。